東京高等裁判所 平成2年(う)378号 判決
被告人 山口紀朗
〔抄 録〕
第四 原判決には、研究会の話し合い内容及び三社間の取決め内容を誤認し、談合行為を認めた事実誤認があるとの主張について
所論は、本件入札に先立ち、昭和五四年一二月一七日及び一八日の両日、研究会が開かれたが、この研究会において、被告人らが談合をしたことはなく、単に落札希望について調整するための話し合いをしたにとどまるのであって、株木建設、常総開発、大都工業が四・三・三の比率で利益を分け合おうとか、三社のうちの一社が工事を施工し、残りの二社が利益だけをとるというような話し合いは一切していない、入札後に、三社の工事の配分を株木建設四、常総開発三、大都工業三の割合としたうえ、三社間でどのくらいの工事原価で施工できるかを見積り合わせをし、その結果、大都工業が株木建設、常総開発の工事持分についても、株木建設の請負金額の七五パーセントで工事を請け負ってこれを施工することに落ち着いたにすぎない、というのである。
しかしながら、関係証拠によれば、茨城県内の建設業者の間では、公共工事の入札前に研究会と称して、入札参加業者の営業担当者が集まり、落札予定業者を話し合って決め、その結果、他の業者は落札予定業者となった業者から指示された金額、すなわち、当然のことながら落札予定業者の入札価格より高い金額で入札することが長年の慣例となっていたこと、五三年度工事においても、株木建設、常総開発、大都工業の三社が落札を強く希望し、個別の話し合いの結果、常総開発を落札予定業者とすることに話が決まり、他の業者は、常総開発から指示された同社の入札金額より高い金額で入札し、最も低い金額で入札した常総開発が茨城県との間に随意契約を締結して、右工事を請け負ったこと、本件工事についても、原判決の説示するような経過で、昭和五四年一二月一七日の研究会において、三社が落札を強く希望して話がつかなかったため(このほか、細谷建設も落札を希望したが、比較的早い段階で希望を撤回した。)、協議は翌一八日に持ち越され、個別の話し合いの結果、まず、常総開発の花ケ崎が落札希望を撤回したものの、株木建設の田頭、大都工業の被告人が強く希望して共に譲らず、入札執行時刻も迫ってきたため、花ケ崎の仲介で、大都工業がおりることになり、株木建設を落札予定業者とすることに決まったこと、その結果、常総開発、大都工業を含め、他の入札参加業者は、株木建設から指示された同社の入札金額より高い金額で入札したこと(ちなみに、株木建設の第一回目の入札金額は一億二〇〇〇万円、第二回目は一億一五〇〇万円、第三回目は一億一二〇〇万円、常総開発のそれは、一億二二五〇万円、一億一六〇〇万円、一億一二八〇万円、大都工業のそれは、一億二三五〇万円、一億一八三〇万円、一億一四〇〇万円である。)を認めることができるのであって、これらの点は、証拠上歴然としているといってよい。なお、この田頭、花ケ崎、被告人三者の折衝においては、株木建設から指示された同社の入札金額より高い金額で入札すべきことまでも具体的に話し合ったことを窺わせる証拠はないが、三者の話し合いで落札予定業者を一本化して株木建設に決めた以上、他の入札参加業者が株木建設から指示された同社の入札金額より高い金額で入札すべきことは、多年の慣行から当然のこととして了解されていた事項であるから、この点をも含めて、合意されたと認めて差し支えなく、また、それゆえにこそ、株木建設を落札予定業者にすることに話が決まると、直ちに株木建設の篠原茂水戸支店営業課長から、他の業者に対して、第一回目に入札すべき金額、第二回目のそれ、第三回目のそれを記載したメモが配付され、他の業者は、この指示された金額どおりに入れ札に金額を記入して、入札したのである。
これらの事実関係からすれば、被告人らは、株木建設を落札業者とするため、他の業者が株木建設の入札金額以下で入札しないことを合意したことが明らかであるから、主観的な目的の点については後に検討することとし、まず、客観的、外形的な行為としては、談合罪にいう談合行為があったものと認めるのが相当である。《中略》
第五 原判決には、公正な価格を害し又は不正の利益を得る目的の認定、判断に関して、法令の解釈、適用の誤り、審理不尽、理由不備、事実誤認があるとの主張について
一 公正な価格を害する目的について
所論は、談合罪にいう「公正な価格」とは、客観的に公正と認められる価格、すなわち、当該入札において、公正な自由競争により最も有利な条件を有する者の実費に適正な利潤を加算した価格をいうのである、しかるに、原判決は、公正な価格とは、当該入札において公正な自由競争によって形成されるであろう落札価格をいい、赤字を覚悟しての落札価格であっても、営利性を無視した価格による落札でなければ「公正な自由競争による落札価格」といって差し支えないというのであるが、これはダンピング価格をもって公正な価格であるというに等しく到底容認できるものではない、なるほど、最高裁判例は、公正な価格とは、当該入札において公正な自由競争によって形成されるであろう落札価格をいうとしているが、公正な価格は単なる「自由競争」によって形成される価格であるというものではなく、「公正な」「自由競争」によって、形成される価格であるというのであるから、事業者が企業を維持するため、経済上通常計上すべき費目を基準とした競争価格でなければならず、換言すれば、公正な自由競争により最も有利な条件を有する者の実費に適正な利潤を加算した価格をいうと解すべきである、本件においてこれをみれば、建設物価調査会作成の回答書によれば、公正な価格は約一億二八〇〇万円であり、原判決が公正な価格の上限を九五〇三万円くらい、下限を七五六三万円くらいとしたのは誤りである、原判決には公正な価格を害する目的に関して、法令の解釈、適用の誤り、審理不尽、理由不備、事実誤認がある、というのである。
しかしながら、公正な価格とは、当該入札において公正な自由競争によって形成される落札価格をいうのであり、所論のいうように、当該入札において公正な自由競争により最も有利な条件を有する者の実費に適正な利潤を加算した価格をいうのではない。所論は、東京高裁昭和二八年七月二〇日判決(判決特報三九号三七頁)等の判決を援用するが、右高裁判例が最高裁第一小法廷昭和二八年一二月一〇日決定(刑集七巻一二号二四一八頁)等の判例により既に変更されていることは、最高裁第二小法廷昭和三二年七月一九日判決(刑集一一巻七号一九六六頁)により確認されているのであって、所論の見解は採るをえない。また、所論は、右最高裁判例に依拠する形をとりながら、「公正な自由競争」の「公正な」に前記主張に沿う意味をもたせ、結論的に右高裁判例と同趣旨に解する見解を述べているが、これは、累次の最高裁判例によって否定された、入札なる観念を離れて実費に適正な利潤を加算した価格を公正な価格とする考え方を前提としており、その前提において否定されるから、その見解も採用することはできない。以上のとおりで、公正な価格とは、当該談合がなかったならば、公正な競争入札によって落札になったであろうと認められる価格をいうのであるが、本件においては、この公正な競争入札自体が談合に妨げられて現実化、具体化しなかったため、公正な価格もまた入札参加者の意思や入札時の客観的な状況などをよりどころとしてこれを推定するほかないところ、伊坂喜一郎の原審証言によれば、同人は被告人に頼まれて本件工事の入札前に入札のための適正価格の見積りとして、一立米当たり一五五〇円という単価を算出し、これを被告人に教えたが、この適正価格の中には、本店経費、支店経費、利益等も入っているというのであり、また、被告人の原審及び当審公判廷における供述によるも、大都工業は、利潤をも含む一般管理費等も見込んで、一立米の単価を一五〇〇円ないし一五五〇円、これに総土量七万四五八〇立米をかけて、一億一一八七万円ないし一億一五五九万円くらいという概算の事前積算をして、研究会に臨み、もし、談合がまとまらないで自由競争になった場合には、この金額を基準として、どのくらい下げられるかという方向で入札価格を検討するというのであり、したがって、被告人の弁解を前提にしても、自由競争における入札価格はこの金額を上回ることはないことになる。そうだとすれば、大都工業は、どんなに高くても、一億一一八七万円ないし一億一五五九万円くらいで入札する腹づもりであったと認められるのに、談合の結果、大都工業は株木建設の指図に従い、それを上回る一億二三五〇万円で入札したのであり、最も低い数字を入れた株木建設でも一億二〇〇〇万円で入札したのであるから、この事実をもってしても、競争入札によって形成されるべき公正な価格を害したことは明らかであり、被告人らがこのことを十分認識していたことは、被告人の右供述に照らしても疑いを入れる余地がないから、その余の点について判断するまでもなく、被告人らに公正な価格を害する目的があったことは明らかである。なお、右の一億一一八七万円ないし一億一五五九万円にしても県の予定価格(一億一〇七二万二〇〇〇円)を上回り、この金額をもってしては落札できなかったことも事実であるが、予定価格は、専ら入札施行者側において落札を承認する内部的基準として設定されたものであり、公正な自由競争によって形成されたとみられる最低入札価格が右の予定価格を上回ったため落札に至らなかったであろうとしても、この点は談合罪の成否に消長を及ぼすものではない。
そして、更に述べるならば、そもそも、談合による入札価格が、談合をしないで自由競争によって形成される落札価格を上回ることは見やすい道理であるうえ、株木建設が落札した後の三社の見積り合わせにおいて、大都工業は請負金額一億一〇五〇万円の八〇パーセント(八八四〇万円)を工事原価とし、その残額の二〇パーセントの更に三〇パーセント(六六三万円)を自社の利益(粗利益)分配として、その合計額九五〇三万円で工事を請け負うことを提案したことが明らかであり、再度の見積り合わせの結果、大都工業は更に工事原価率を五パーセント落として、請負金額の七五パーセント(八二八七万五〇〇〇円)を工事原価とすることで承諾し、その残額の二〇パーセントの更に三〇パーセント(八二八万七五〇〇円)を自社の利益(粗利益)分配として、合計額九一一六万二五〇〇円で工事を請け負うこととし、その金額で実行予算を組んだことが関係証拠から明らかである。したがって、このような現実の請負金額や当時浚渫業界が非常な不況下にあったという背景事情をも合わせ考えると、談合しないで自由競争になった場合には、大都工業としては、前記の一億一一八七万円ないし一億一五五九万円から更に減額して九一一六万円ないし九五〇〇万円に近い金額で入札したであろうと推測されるから、公正な価格を害したことは明らかであるし、その認識を有していたことも容易に推認されるところである。そうだとすれば、原判決が公正な価格の上限を前記九五〇三万円くらい、下限を七五六三万九〇〇〇円くらい(大都工業が当初作成した実行予算の工事原価の額)としたのは、その下限を低く推定した点において、当をえないが、右に述べたとおり、被告人らに公正な価格を害する目的があったことに間違いないから、その点は何ら判決に影響を及ぼすものではない。
二 不正の利益を得る目的について
所論は、被告人らは、研究会の席上、不正の利益を得ようとか、工事を担当しない他の二社に不正の利益を得させようと共謀したことはない、常総開発は、株木建設から下請けしてそれを大都工業に孫請けさせたものであるから、利潤を見込むのは当然であり、常総開発が得た利益は、不正の利益には当たらない、また、株木建設は、一方において、大都工業に下請けに出すとともに、他方において、常総開発に下請けに出したものであるから、利潤を見込むのは当然であるばかりか、相応の仕事もしているのであるから、株木建設の得た利益が不正の利益には当たらないことは当然である、というのである。
そこで、検討するに、談合罪にいう「不正の利益」とは、談合により談合者が得る利益が社会通念上いわゆる「祝儀」の程度を超え、不当に高額である場合、換言すれば、公正な自由競争では得られない、社会通念上不当な額と思われる金銭その他の経済的利益をいうのである。
関係証拠により既に認定したように、本件工事の研究会において、田頭、花ケ崎、被告人の間で、五三年度工事と同じように、三社のうちの一社が施工し、株木建設の請負金額から、その一社が施工を約した工事原価を控除した残額を株木建設四、常総開発三、大都工業三の比率で利益として分け合うことの暗黙の了解が成立したことは明らかである。
そして、常総開発は全く何もしないのに、追加工事を含めて九七三万五〇〇〇円という多額の利益を得たのであって、これが不正の利益に当たることはいうまでもないし、株木建設は本件工事を発注者である茨城県から請け負った関係上、県との折衝や竣工検査の立会い、安全管理などをしているが、それにしても、一二九八万円という取得した利益の額は、その仕事の内容と対比すると、金額的に大きすぎるものであり、これまた、不正の利益というを妨げない。そして、大都工業にしても、落札後の三社の見積り合わせの結果、大都工業が施工することが決まったにとどまり、談合の際には、三社のうち、どの会社が工事を施工するかは決まっておらず、見積り合わせの結果如何によっては、常総開発と同じように、施工を担当しないで利益のみを取得することもありえたわけであるから、いずれにしても、不正な利益を得る可能性はあったわけであって、被告人らが不正の利益を得る目的を有していたことに疑問を入れる余地はない。
(早川 小田部 仙波)